2008(8月)~20011(8月)までの記事
理想
先日、友達から相談を受けました。
友達の子(次男)の歯並び(咬合)が「異常」と診断されたのだが、「本当?」というものでした^^;
次男を見ましたが・・・とうちゃん そっくり の「切端咬合」^^
さて、これを「異常」といえるでしょうか?^^
歯科医の「理想」としての「正常咬合」というものがあります^^b
しかし、その「理想的」咬合の人が、この世に何人?いるでしょうか?^^b
歯科医は、「専門家」であり、「理想を追求」していくものだと思っています^^v・・・が、
「歯科医の理想」は、そのまま「患者さんの理想」にはならないのではないか?
と、思うのです。
また、「歯科医の求めるもの」が、「患者さんの求めるもの」と違う・・・という場合もあります。
また、「歯科医の目指す理想」が、そのまますべての「患者」さんに当てはまるとも限りません^^;
「自然感」や、「個性」というものを「尊重」するときに、「人為的」に作り出したものが はたして「理想的」といえるでしょうか?^^;
とかく人は、「自分の型」に「合わせよう」、「当てはめよう」としてしまいがちです^^;
「形式化」「形骸化」・・・ それは 正しい?
それは、「簡略化」「簡便化」・・・となり、
そこに「真の意味」がなくなりかねません。^^;
「形」や「型」にこだわるあまりに、「個」というものを見過ごし、「集団」や「流れ」に「個」を埋没させてしまいがちになります。
「これが理想だ!」は、 あくまでも「自分にとっての理想」であって、それがすべての人にあてはまるとはかぎりません。
では、
「正常」「異常」と判断するには それなりの「理由」なり「根拠」があるはずですが^^b
何を「基準」に 「正常」「異常」を判断し、「通告」したか?が、大切なんだと思います^^
自分の子供を「異常」といわれた言われた親御さんの気持ちを考えたことがありますか?
(だからって、歯科医がみて「正常範囲を越える・・・」ようなものを見過ごし、黙秘するのはおかしいですが^^)
で、
上記の次男さんを、「異常」だから「今すぐ矯正しないと大変なことになる!」・・・というのはどうなんでしょう?^^;
以前、こんな話もありました^^b
ちょっと風邪気味だから^^;と病院に行ったおばあちゃんは、
「即、入院です!風邪こじらして肺炎になって死んでもいいの!」といわれたそうです^^;
確かに・・・他に疾病を有していることもあり、大事をとって・・・入院。というのは理解できるのですが^^
風邪だと思って受診した人に対し、「死んでもいいの!」は、ちょっと・・・いきすぎのような気がします^^;(おどしてどうする?^^;)
でも、おばあちゃんには、おばあちゃんの都合があるだろうし^^
おばあちゃんにとってどうすることが「よりよい選択」なのかを示してあげるのも「医療人」の役目ではないかと思うのですが^^b
「何がなんでも!」
と、いうものは そうそうあるものではないし^^;
「死」に直結しないものであれば多少「猶予」はあるような気がするのですが^^;
「言葉」
「言葉の使い方」
「言霊」
それは、人を「元気」にもするし、「傷つけ」もするものです。
「両刃の剣」です。
かから、大切に、思いやりをもって「一語 一語」発せねばならないとも思います^^b
私も未だに 修行中・・・です^^;
「より良い状態」とは・・・
「心」+「体」で構成されているのです^^b
どちらをも「癒す」ことができる、またそのように努力している「専門家」が、
「医療人」
だと、思っています^^
次男くんは、「今すぐ矯正!」「大変になる!」 という状態ではない・・・と私は判断しました^^
しかし、「異常」とされた親御さんは心配でしょうから、
一度、しっかり「矯正の専門医」に診て貰ったら^^b と付け加えました。
その方が「安心」できるのではないか? と思うからです。^^
「健康」は、「心の健康」+「体の健康」ではじめて「健康」^^b
「理想」はあくまでも「理想」
それは、「自分にとっての理想」で、自分は自分の思う「理想」は、追い求めます^^b
が、それは 自分自身の「想い」であり、「考え」「行動」であり、
他が 自分と同じでないからといって 「異常」にはならない。
それぞれが「個」を大切にする中で、
互いに関係しあい、協力しあい、差さえあって「より良い状態」」を模索していくことが、
大切なのである。
なんでもかんでも一色単に 「画一化」し、「形式化」するのではなく、
「個」を尊重した中で、「思いやり」をもって接していくこと、関わっていくことが
「医療人」に求められ、必要とされているように思う。
「理想」「志」は失わず、あきらめず
「創造」し、「調和」を目指していかねばならない^^b
と・・・
また 長々と考えていました^^;
友達の子(次男)の歯並び(咬合)が「異常」と診断されたのだが、「本当?」というものでした^^;
次男を見ましたが・・・とうちゃん そっくり の「切端咬合」^^
さて、これを「異常」といえるでしょうか?^^
歯科医の「理想」としての「正常咬合」というものがあります^^b
しかし、その「理想的」咬合の人が、この世に何人?いるでしょうか?^^b
歯科医は、「専門家」であり、「理想を追求」していくものだと思っています^^v・・・が、
「歯科医の理想」は、そのまま「患者さんの理想」にはならないのではないか?
と、思うのです。
また、「歯科医の求めるもの」が、「患者さんの求めるもの」と違う・・・という場合もあります。
また、「歯科医の目指す理想」が、そのまますべての「患者」さんに当てはまるとも限りません^^;
「自然感」や、「個性」というものを「尊重」するときに、「人為的」に作り出したものが はたして「理想的」といえるでしょうか?^^;
とかく人は、「自分の型」に「合わせよう」、「当てはめよう」としてしまいがちです^^;
「形式化」「形骸化」・・・ それは 正しい?
それは、「簡略化」「簡便化」・・・となり、
そこに「真の意味」がなくなりかねません。^^;
「形」や「型」にこだわるあまりに、「個」というものを見過ごし、「集団」や「流れ」に「個」を埋没させてしまいがちになります。
「これが理想だ!」は、 あくまでも「自分にとっての理想」であって、それがすべての人にあてはまるとはかぎりません。
では、
「正常」「異常」と判断するには それなりの「理由」なり「根拠」があるはずですが^^b
何を「基準」に 「正常」「異常」を判断し、「通告」したか?が、大切なんだと思います^^
自分の子供を「異常」といわれた言われた親御さんの気持ちを考えたことがありますか?
(だからって、歯科医がみて「正常範囲を越える・・・」ようなものを見過ごし、黙秘するのはおかしいですが^^)
で、
上記の次男さんを、「異常」だから「今すぐ矯正しないと大変なことになる!」・・・というのはどうなんでしょう?^^;
以前、こんな話もありました^^b
ちょっと風邪気味だから^^;と病院に行ったおばあちゃんは、
「即、入院です!風邪こじらして肺炎になって死んでもいいの!」といわれたそうです^^;
確かに・・・他に疾病を有していることもあり、大事をとって・・・入院。というのは理解できるのですが^^
風邪だと思って受診した人に対し、「死んでもいいの!」は、ちょっと・・・いきすぎのような気がします^^;(おどしてどうする?^^;)
でも、おばあちゃんには、おばあちゃんの都合があるだろうし^^
おばあちゃんにとってどうすることが「よりよい選択」なのかを示してあげるのも「医療人」の役目ではないかと思うのですが^^b
「何がなんでも!」
と、いうものは そうそうあるものではないし^^;
「死」に直結しないものであれば多少「猶予」はあるような気がするのですが^^;
「言葉」
「言葉の使い方」
「言霊」
それは、人を「元気」にもするし、「傷つけ」もするものです。
「両刃の剣」です。
かから、大切に、思いやりをもって「一語 一語」発せねばならないとも思います^^b
私も未だに 修行中・・・です^^;
「より良い状態」とは・・・
「心」+「体」で構成されているのです^^b
どちらをも「癒す」ことができる、またそのように努力している「専門家」が、
「医療人」
だと、思っています^^
次男くんは、「今すぐ矯正!」「大変になる!」 という状態ではない・・・と私は判断しました^^
しかし、「異常」とされた親御さんは心配でしょうから、
一度、しっかり「矯正の専門医」に診て貰ったら^^b と付け加えました。
その方が「安心」できるのではないか? と思うからです。^^
「健康」は、「心の健康」+「体の健康」ではじめて「健康」^^b
「理想」はあくまでも「理想」
それは、「自分にとっての理想」で、自分は自分の思う「理想」は、追い求めます^^b
が、それは 自分自身の「想い」であり、「考え」「行動」であり、
他が 自分と同じでないからといって 「異常」にはならない。
それぞれが「個」を大切にする中で、
互いに関係しあい、協力しあい、差さえあって「より良い状態」」を模索していくことが、
大切なのである。
なんでもかんでも一色単に 「画一化」し、「形式化」するのではなく、
「個」を尊重した中で、「思いやり」をもって接していくこと、関わっていくことが
「医療人」に求められ、必要とされているように思う。
「理想」「志」は失わず、あきらめず
「創造」し、「調和」を目指していかねばならない^^b
と・・・
また 長々と考えていました^^;
- 2010.06.10 Thursday
- 07:59

