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    4年目に入りました。

    2008(8月)~20011(8月)までの記事 comments(0) trackbacks(0) そうる
     この8月20日で 開業してまる3年。

    もう4年目に入りました。
    思い返せばいろいろありましたが、
    早いものです。

    そう、
    色々「たくらみ」はあるのですが
    まだ 内緒^^です。

    と・・・いうか、まだまとまっていないだけ^^;

    テーマは、
    (しつ)の追求」
    かさ」
    「本当の健康
    幸福感」
    などなど^^

    今までの3年間が家つくりでいうと「基礎」になります。

    これからたくさんの「柱」をたてていきます^^v

    乞うご期待^^

    今もっぱら関心が高いのは
    (くちびる)」
    これからの季節 悩まされる方・・・多いでしょうね^^;
    その悩みをどうにか和らげてあげないか?
    と、試行錯誤中でございます。

    2011年北海道デンタルショー

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    2011年北海道デンタルショー レポート

     

    年一回の夏の終わりイベントとして毎回行っていますが、

    まあいつもそんなに代わり映えはしないのですが、

    今年はちょっと感じるものがありました。(自分の意識や感じ方が左右するのでしょうが。)

    大きくまとめると、

     

         衛生関連

    「予防」という意識が通常になってきて、患者さんの意識、ニーズの影響もあるのだろう。

         セラミック関連

    金属価格の高騰もあるのか?患者さんの「白い歯」への欲求によるものか?

         パソコン(レセプトコンピューター)

    「オンライン化」「電算化」「デジタル化」の影響か?

         ユニット

    従来の「ユニット」の形態を打破しようという意識が見える。

    まだ「豪華」な感じを演出するもの「シンプルさ」「使いやすさ」を追求するもの半々。

    「往診専用車」もお目見え。一見目を奪われるが、ちょっとずれてる感。しかし、これからはニーズがあるだろうと思う。

     

    20日土曜日の3時ころに会場についたがあまり混んでおらず

    衛生士さん達の姿が目立った。「試供品」をくれるブースにはかなりの人が。

    1時間半くらいいただろうか。

    今年は、「患者さんに有用な情報」「患者さんに役立つもの」をテーマに会場内を歩いてみた。特にまあたらしいものはなかったが、「衛生用品」では「おしゃれ」をテーマにしたものも見受けられた。 

    そんなの 当たり前だろ?

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    「そんなこと 当たり前だろ?」

     

    文字で書くとこの通りであるが、

    この文字の羅列を読むと 人によっては違う「感じ」を受ける。

     

    「言葉」とて同じである。

    言葉の場合はその時の「雰囲気」「語気」互いの「人間関係」

    「発言者の情動」「受け手の感情や受け方、感じ方」などで 同じ「言葉」であっても

    その「意味するところ」は変化する。

     

    あなたはどれだけの「感じ方」ができ、

    どれだけの「思い」や「考え方」「受け方」

    「意味」を感じ、考えることができるだろうか?

     

    またそう「感じた」ことを

    どう「理解」し、「受け取る」または「受け入れる」ことができるだろうか?

     

    上記の

    「そんなこと 当たり前だろ?」と言った当事者は 笑っている。(笑顔)

    そう、彼は 自分のした、したことは 他者がどう言おうとも

    自分にとってはなんら特別なことではなく、

    改めてとりあげることもない事象である・・・という感じであろうか。

    自分は自分が欲する、自分がしたいからする、自分がそう思うからそう言う。

    彼にとっては ただそれだけのことである。

     

    しかしだ、

    「そんなこと 当たり前だろ?」と言った当事者が 幾分、しかめっ面で 上からものを言うような

    押し付けるような 語気を荒げている。・・・と言った場合はどうだろうか?

    明らかに先ほどとは違った「ニュアンス」を持っている。

     

    「文字」や「言葉」は それ単体ではなかなか「理解」に苦しむものである。

     

    「当たり前」も 「自分」に対していう場合と 「他者」に言う場合では「意味合い」が変わってくる。

     

    「自分にとって」当たり前のことは、

    「他者」にとっても当たり前・・・・ では、ないのだ。

     

    その反対、

    「他者」にとって当たり前のことが、

    「自分」にとって当たり前・・・ ということにはならない。

    と、いうことが「ある」 ということを「理解」し、「認める」という姿勢が必要ともいえる。

     

    なぜか?

    「自分」と「他者」はもともと 「違う」からである。

    「自」と「他」は明らかに 別もの なのだ。

    別物で在るが故に、「自」であり 「他」であるのだ。

     

    それが、「理解」できていないのだ。

    であるから、「他」を「自分と同じ」と勘違いし、

    自分が感じていることや、考えてること、

    自分のルールや自分の「常識」を

    他者にとってもそれらを「正しいこと」とし、

    「他者感じ方、考え方、思想や習慣、人生まで」をも 「否定」し、「批判」し、「拒絶」するに至るのだ。

     

    しかしだ、

    それはとても「愚か」で 情けなく・・・

    とても可愛そう・・・と思える。

     

    「他」というものを認めることができないのであるから・・・。

    ということは、

    「他」という「概念」が「存在」しなければ、

    それに「対」する 「自」という「概念」もまた 存在が怪しくなってくる。

     

    「自」と「他」というものは

    「自」があるから 「他」であり、

    「他」があるから 「自」なのである。

    と思えるのだ。

     

    要するに、

    「自」は認めるが、「他」は認めない。・・・という「感じ方」はもはや、

    「ひとりよがり」であり、「孤独」街道まっしぐら・・・ということであり、

    自分で自分の人生を貧しくしているともいえる。

     

    「他」を認めることで 世界は広がる のである。

     

    「当たり前」は自分にとっては当たり前であるだけのことである。

    自分にとって「当たり前」が 他者にとっては「当たり前」じゃなかったとしても、

    自分にとっての当たり前が 他者にとって「+」になるものであれば、

    自分にとってはストレスもなく ごく自然体で居られるわけで、

    別取立てて 苦労する必要もなく 自慢するようなこともない。

     

    他者にとって「+」になるような「当たり前」は

    「自」自身が 自分のやるべきこと 自分がなすべきことを「今」必死こいてやってるからこそ、

    「そんなこと 当たり前だろ?」と、サラッと言えてしまうのだろう。

    そこには、「自」を認め 「他」を認め 独りよがりにならず、囚われない心を感じる。

     

    なんと清清しい。

     

    まあ とかく何事にも「囚われやすい」のが 「人」である。

    が、

    なるべく「囚われない」心を養っていきたいものだ。

    今日から

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    お盆休み どうでしたか?^^

    楽しめましたか?

    思い出いっぱいつくれましたか?^^

     

    旭川は曇りと雨の日が多く 野外のレジャーにはあいにくの天気でしたが^^;

     

    私はお寺参りと小樽水族館に行きました^^

    一番下の子が 自由研究?自由作品で「水族館」を作る予定だったので

    ちょうどいい^^と。

     

    さて、

    今日 17日(水)

    通常診療に入ります。

    でも、今日は通常通り、午前のみです^^b

     

    明日からは 9:00〜20:00(昼休み13:00〜14:30)で診療行います。

     

    では、

    開業から、まる3年まであと3日^^

    「進化」せねばなりませんね^^

    がんばります!^^v

    お盆休み

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    45歳の夏^^


    開業してまる3年。

    思い返せば 色んなことがありました。

    沢山の方々と出逢えて

    沢山のことを教えていただきました。

    そう、沢山 しゃべくりましたね^^


    まだまだ足りない・・・そんな気がしています。

    まだまだできてない・・・そう思います。

    まだまだ・・・これからでございます^^b


    さて、

    「お盆」がやってまいりました。

    おじいちゃん おばあちゃん

    おかあちゃん おとうちゃん

    おじちゃん おばちゃん

    ご先祖様がみんなに逢いにきてくださります^^

    (こんな感じで書くと 「こいつ 怪しいやっちゃな・・・」と思われてしまうかもしれませんが^^

    実際逢うと 怪しいのがよくわかると思います^^

    ね 私に逢ったことがある皆さん^^)


    ということで、

    今年のお盆もお休みをいただくことになります。

    ご不便おかけしますが、よろしくお願い致しますm^^m


    8月13日(土)〜16日(火)まで休診


    17日(水)から 通常診療です^^

    (・・・が、水曜日なので午前中のみの診療になります。ごめんなさい^^;)


    あっ

    それと、くれぐれも 事故や怪我のないように^^

    まだまだ 暑さものこりますし、気候も安定しませんから、

    火(ひ) 水(みず)には気をつけてくださいませ^^b


    それでは 楽しく、有意義な、そして思い出多き休日をお過ごしくださいませ^^v



    充実と進化

    2008(8月)~20011(8月)までの記事 comments(0) trackbacks(0) そうる
     

    最近は なにかとバタバタしてます。^^

    開業まる3年。

    自分の中では「初期」の段階がここで終わろうとしています。

     

    この3年間を「基盤」に

    これからの2年を「創造」していこうと思っています。

    これからの2年は

    「革新」

    「新しい歯科の形」というものを模索していきたいと思っています。

     

    先日、

    「新ユニット」を診療所に導入しまして、

    今 スタッフと共に

    診療所の「方向性」を考えているところです。

     

    今 私の頭にあるのは・・・

    「0→+α」

    「〇 □ △」

    「〇 〇 〇」

    です^^

     

    さて、これがなにを「意味」するか?

    ピン!と来た人は 私の「同志」であります。^^

     

    1つ1つ ばらばらに浮かんでくるものを

    「現実化」する作業をしています。

     

    「患者さんが もっと気軽に もっと歯科を身近に 感じられるように」という思いがあります。

    そして

    患者さんの人生の「質」に貢献、援助ができればとも思っています。

     

    世の中の「システム」の矛盾や 間違い 勘違い

    既存のシステムでは 「状態」もおろか「質」なんぞは 確保できない・・・という思いもあります。

     

    「新しいシステム」

    「新しい取り組み」

    それは 0 からの出発ではなく、

    「温故知新」にのっとって

    「本来あるべき姿」や

    「本来の目的」「本来の志」「本来の意味」を取り戻すべく、

    「当たり前を当たり前に」

    足元を見よ! 

    という「基本」を大切にした取り組みにならねばいけません。

     

    そこから「創造」し、

    それを 今の「時代」や「患者さん」「医療」にマッチさせ

    お互いが 「楽しい」

    お互いが「幸せ」で「豊か」になるよう

    思いをもって取り組まねばならない。

     

    一人よがりではなく

    すべてをも巻き込むような流れでなくてはいけない。

     

    最後には 「調和」を目指し。

     

    まあ・・・

    まだまだ 漠然としていてですね^^;

    頭ん中は ぐちゃぐちゃなんですわ^^;

     

    でも この熱い「思い」だけは開業3年たった今も変わらず持ち続けていますし^^

    これからもずっと持ち続けたいです^^

     

    10年後も今と同じ。

    でありたい^^

     

    そう思いますです^^

     

    歯科医師野球大会

    2008(8月)~20011(8月)までの記事 comments(0) trackbacks(0) そうる
     先週 土日に苫小牧にて 全道歯科医師野球大会に行かせてもらいました。
    私は旭川Cチームで出場しました。
    去年と同じメンバーと思いきや・・・初顔合わせの先生もいらっしゃり(当然、私は旭川チームで二年目ですから^^)
    心機一転という感じでした。
    金曜に札幌に泊まり 朝苫小牧に向かったのですが、ちょいと開会式の時間を勘違いしていまして^^; 到着直後に開会式が始まってしまい・・・場外から開会式に参加となってしまいました。^^;
    と・・・
    Cチームの先生方ほとんどがバックネットのところにいるではありませんか^^;
    あらら^^;

    試合は土曜日に二試合あったのですが、
    私は二試合目に出させていただきました。・・・が、
    今年入ってボールを握るのは本日がはじめて。^^;
    な〜んかボールの握り方が ヘン^^;
    もう ぼろぼろ^^; ピッチャーをやらせてもらったのですが、一回の表の途中で交代させられちゃいました^^; フォわーボールで押し出しばっかでしたから。^^;

    練習もろくすっぽしてないし、
    当たり前な結果です^^;
    打っても ぽてぽてばかりで^^;

    やっぱり 努力しないものには それなりの結果しか出せない。
    反省です。

    苫小牧は広く環境もよさげでした。^^
    空き時間にぐる〜りと町をドライブしました。
    海が近く すがすがしい^^
    ちょっと優雅に過ごさせていただきました。

    苫小牧の先生方、
    準備や段取り お疲れ様でした。
    感謝いたします。
    楽しかったです。

    来年は・・・釧路^^
    さあ どうしようかな^^; ちょっと思案中^^

    ボディーブロー

    2008(8月)~20011(8月)までの記事 comments(0) trackbacks(0) そうる
     

    今朝、こんな言葉が浮かんだ。

    ボディーブロー


    そういえば、

    一見、派手なパフォーマンスというか 良さげに見えても 中身のない薄いものって

    世の中にはあふれている。


    私がブログを立ち上げたきっかけも そんなものに「反抗」したためでもあった。

    (歯科のホームページやブログを見ていて)


    綺麗な写真。

    美人のモデル。

    私のところは こんなに凄いんですよ!・・・と言っている・・・ような。

    こんな機械もこんな設備も・・・

    「最先端の・・・」

    「患者さんを第一に考え・・・・」


    とか・・・。


    いや、全てが「綺麗ごと」とは思わない。

    「本心」で本当にそういう思いを抱いて書いているのかもしれないし、

    実際に それを 地でやっている先生方も沢山いる。


    でも・・・

    「綺麗」なものばかり、

    「すばらしい」ものばかりではないはずで。


    「趣味」の話?・・・

    聞きたいですか?読みたいですか?


    だから?・・・何?

    と、ひねくれてる私は思ってしまうのですが。


    まあ それを言い出すと・・・

    私のブログもたいして内容ないですが。^^;


    そうそう・・・

    一見「派手」なもの・・・

    目につきますし、心揺さぶられる感じがあります。

    でもその「内容」は どうなんでしょう?

    「根拠」「基礎」はあるのでしょうか?

    またそれが 本当に あなた(患者)に必要なのでしょうか?有効なのでしょうか?

    また、本当に「そこ」に 心はあるのでしょうか?

    また、「心」の矢印↑はどっちに向いて、向かっているのでしょうか?


    「医療」は誰の為にあるのでしょうか?

    「医療」はどう あるべきなのでしょうか?


    何を「原」にし、(基礎、基準、根本・・・)

    「因」をどこにもっていこうとしているのでしょうか?


    いやいや・・・ちょっと熱くなってしまいました^^;


    そうそう・・・

    「ボディーブロー」^^


    何がいいたいかというと、

    派手でなくていい、地味かもしんない。

    でもね、

    「1つ 1つ」石、レンガを積み重ねていくように

    「1日 1日」

    「瞬間 瞬間」を ゆっくりでいいから 


    雪を太陽が融かすがごとく

    じわり じわりと。


    いつしかそれが 身となり 血となるがごとく。


    1人 1人の人生に

    何かしら スパイス のようにきいてくれればいいな。


    な〜んて^^思ったりします。



    思い出したとき、

    「なんか ほんわかするね。」

    「なんか いい思い出だね。」

    「なつかしいね。」

    「楽しかったね。」

    「思い出すと やさしい気持ちになる。」とか。


    そんな 「心」に効いてくる

    しかも ジワジワ^^


    そんなでずっといたいです。^^ね

    そうで あったらいいな。

    そう 思ってもらえたら うれしいな^^




    人生の使い方

    2008(8月)~20011(8月)までの記事 comments(0) trackbacks(0) そうる
     

    ふと何気に思った。


    自分の人生。

    自分の時間。


    何に使うかは個人によって違う。


    しかし、何に使うか?何をすべきか?

    迷った時の判断基準は、

    「自分がしたい と思うことをする。自分が してあげたいと思うことをする。」である。


    自分の時間、自分の人生であるから 当たり前である。


    「自分がしたいこと。」だけをするならば、

    そのうち 飽きる。

    やることがなくなる。

    充実感は薄れる。

    ・・・と。


    しかし、

    「自分がしてあげたいと思うことをする。」を上に+することで

    自分の時間、自分の人生は より輝くだろう。


    なぜか?

    「他者」と同じ時間、同じ人生の一部を共有することができるからだ。


    でも・・・

    中には この「言葉」だけにとらわれ 「解釈」を誤る者がいる。


    「だって、自分がやりたいことをやれって 言ったじゃないか!」と。

    「自分がやりたいこと」そこだけを見ているのだ。

    まあ そいつの人生だから それでもいいといえばいい。

    しかし、上にも書いたが

    中身の薄い人生になろうことは予想できる。


    自分がしたいこと が 他にも良い影響を与えたり

    自分がしたいことが たまたま 他の為になればよい ともおもうわけで、


    君の為にやってるんだよ!

    とか、おしつけがましく

    押し売りみたいなことは嫌だし、

    自分はやりたくないのに、つきあいだからとか、申し訳ないからとか

    いやいややるのも嫌だし、


    気を使われたりするのもめんどくさいし

    気を使わせるのも 申し訳ないし、


    しかし、

    自分が少しでも やりたい したい と思うのであれば

    全力で協力もするし、取り組むだろう。


    それは 誰の為でもなく、自分がしたいからに他ならない。

    それが基本だから、

    自分を曲げてまで いやいや 他に付き合うことはしない。


    しかし、

    自分が 誰かの為に したい してあげたい と思ったのなら

    それが 自分のしたいことであるわけで、

    何も問題ない。


    自分を曲げたわけでも

    他にムリに合わせたわけではない。


    そこを 履き違えてる者が世の中には多い。


    だからって その人の人生

    どう自分の時間を使おうが どんな人生を送ろうが

    私の関知するところではないはず。



    「申し訳ないねえ・・・。」

    「いえ、自分がしたくてしているだけですから。」


    本心からそう言えますか?

    「良くみてもらいたい」

    「感謝されたい」

    ・・・って気持ちないですか?


    「自分の心」偽っていないでしょうか?

    「本心」から 目をそらしていないでしょうか?

    「下心」に蓋をしていないでしょうか?


    自分がしたいからしてる。

    自分がしてあげたいからしてる。


    そうキッパリ言えますか?


    たとえ

    「お前って いい加減だな!」 といわれても^^ 笑って返せますか?





    「予防」というものの「前提」は?

    2008(8月)~20011(8月)までの記事 comments(0) trackbacks(0) そうる
     

    「予防」という概念がある。

     

    「成人病予防」「歯周病予防」「虫歯予防」「ボケ防止」・・・

    これらはすべて、「そうならないように」ということを「前提」にしているように思う。

     

    まあ確かに「そうならない」にこしたことはないわけで。

     

    「安全対策」というのも、「最悪の事態」を想定して「安全対策」を講じるわけである。

    これはこれでいいと思うのだが・・・。

     

    一方、別の「見かた」をするとやはり、

    「前提」にしていることには変わりはない。

     

    「意識」「無意識」という概念がある。

     

    これらを考慮に入れると・・・

    「前提」というものを「設定」するところに怖さがある。

    意識できているところではそれは「守られる」ことになるが、

    万が一「無意識」の世界に入ってしまうとどうなるか?

    意識できない 意識できていない事態が起こりうる・・・ということになるのだ。

     

    人が意識できる 意識しうるものは 全意識中10佑頬たないのだ。

     

    それを考えたとき、

    「前提」の作り方、設定の仕方を考えないととんでもないことになってしまわないか?と危惧するのである。

     

    まあ そこまで大げさに考える必要はないにせよ、

    これが「ない」と断言するには 少々資料がなさすぎるような気がする。

     

    「見えるもの」を中心におき、「見えないモノ」は「ない」とする

    それ自体がけっこう危険な気がするのだ。

     

    周りを見渡しても・・・

    自分の周りは確かに「ある」(見えている)が、

    100メートルはなれたところで起こっていることは見えないし、わからない。

     

    自分が知らない、わからないことは世の中のほとんど・・・であるはずだ。

    でもニュースなどを見ていると・・・色んなことが起こっている。

    そう、起こっているのだ。

    自分が知る 知らないに関わらず。

     

    これでも「見えない」「わからない」から 「ない」と断言できるであろうか?

     

    まあ、あくまでも1つの「見かた」ではあるが。

     

    で、もとの話にもどるが、

    私自身は「予防」というのは、あくまでも・・・「疾病」を「前提」にしている。ということだ。

    「疾病にかからないように」ということだ。

    であるから、「疾病」が前提になっている。(正確には、「疾病にならないこと」が前提ということなのだが。)

    要するに、「疾病」に「視点」がいっている・・・ということなのだ。

     

    以前書いた、

    「-1 0 +1」の概念。

    「疾病=-1」 通常生活を行える(特に問題なく)を「0」

    よりよく健康「+1」とするとだ、

    「予防」は「0→-1」もしくは「-1→0」に視点がいっている。

     

    だったら どこに「視点」をもっていけばいいのか?

    「0→+1」もしくは「+α」に視点をもっていけばいいのだ。

     

    となると・・・

    やはり「予防」という見かたはおかしい。

    「健康 増進」「よりよく」・・・いい言葉がみつからぬ^^;

     

    「幸せになりたい」というと・・・

    今は、幸せじゃない・・・という前提になる。

    また、「なりたい」は、どこか「人任せ」というか、幸せがどっかからやってくる・・・みたいな

    どこか願い、祈りにも似た感触を感じる。

    (ちょっと私はひねくれてるかもしれないが。)

     

    「今より もっともっと幸せになる」ではどうか?

    今も幸せだが、もっともっと(自発的に、自力で)なる。・・・ということになろうか。

     

    まあ 「無意識」というのはバカにできぬ。 ということだろうか。

     

     

    そこいらへんを「意識」しつつ、

    これからの「診療」を考えていきたいと思っている。

     

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